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2013年 07月 20日

演習問題

アルバイトでレストランのウエーターをしていた生物学専攻大学院生の甲は、調理師の乙からVにキノコ料理を持っていくようにいわれた。甲は、キノコの毒性について専攻しており、それまで危険性が知られていなかったその種のキノコには一定の気象条件の下で強い毒性を持った突然変異種が現れるということが、甲の提案により甲が所属している研究室の実験が行われて証明され、それに基づいてその研修室の主任教授であるA教授が執筆した論文が近く学会誌で発表されることになっていた。そしてその専門知識によって、この料理に使われているキノコがそれと同一種のキノコであり、しかも今年はその気象条件に当てはまっており、この今年とれたキノコにはかなりの割合で変異種が含まれているかもしれないと思ったが、学会誌で発表に前にはこのことを他言するなと教授から言われてていたこともあり、またバイトに過ぎない自分がそのことを知っていることは誰にもわからないだろうから、たとえVがそれを食べて死亡するようなことがあっても単なる不運な事故として処理されることになるだろうと考えて、そのままVのところにそのキノコ料理を持って行った。そのキノコには毒性を持ったものが含まれれており、それを食べたVは急性中毒症状を起こして病院に搬送された。その病院での治療の結果、Vは一旦は快方に向かっていたが、安静にするようにという指示に反して病室で夜にワインを飲酒するなどしたため再び病状が悪化し、10日後に死亡した。なお乙は、たまたまA教授が喫茶店でそのキノコの毒性について話をしているのを聞き、恨みのあったVを殺害するためにわざとそのキノコ料理を勧めて注文させていた(甲がこのキノコについて専門知識を持っているということを乙は知らなかった)。甲及び乙の罪責について論じなさい(特別法上の犯罪については除く)。



1 特別知識(認識)・特別能力
この問題の最大の論点となっているのは、いわゆる「特別知識(Sonderwissen)」の問題である。すなわち甲は自らの専門知識に基づいて、また乙もたまたま見聞きした会話の内容から毒キノコであることを知っていたのであり、このような行為者が特に知っていた事情=特別の知識は、因果関係などの判断基盤に取り入れられるべきであろうか?通説は、いわゆる血友病事例などの事例(西田・山口・佐伯編・判例刑法総論6版[以下「判刑総」]43参照)において、行為者がもし被害者が血友病であることを認識していれば、そのことは判断基盤に取り入れられ、たとえ軽傷を負わせた場合においても、相当因果関係が肯定するのに対して、そのことを知らなかった場合には相当因果関係が否定されるとする(いわゆる相当因果関係折衷説)。つまりその判断において「特別知識」の有無が基準となるのである。いわゆる客観的帰属論の文脈においても同様の基準が示される場合もある。
これに反対するアプローチとしては二つのものが考えられる。一つはいわゆる相当因果関係客観説であり、これは因果関係の判断基盤は客観的に決定されるので、毒キノコであることや血友病患者であることは行為時に客観的に存在していた以上であるから、因果関係は肯定され、あとは主観面の故意や予見可能性によって罪責が決定されるとする。本件においては甲も乙も毒キノコであることを認識しているので故意が肯定され、結論は通説と同じになろう。もう一つのアプローチは行為者の役割に着目し、また行為者の特別能力に基づいた知識と偶然入手した知識を区別する説で、それによれば本件の場合に甲は生物学者としてしてではなく、アルバイトのウエーターとしての役割で行為しているので、このような場合に甲の特別能力に基づいた知識を行使する必要はなく、たとえ認識があっても殺人罪の罪責が否定されるのに対して、乙が立ち聞きして得た知識は誰でも偶然得ることができる知識であり、また乙は調理師としての役割から偶然入手した知識であっても使用しなければならないとして乙については殺人罪の罪責が肯定される。
過失犯の基準における特別能力の考慮(たとえばブラックジャックのような医者は通常の医師よりも高い程度の注意義務が要求されるか)についても同様の問題が生じるので、故意の場合と比較して検討することが必要となろう。
2 因果関係
因果関係については、本事例においては上述の判断基盤の問題のほかに、行為後の被害者の行為の介在も問題となる。周知のように最高裁(判刑総51)はこのような被害者の不適切な行動が介入した事例においても因果関係を肯定しているが、本事例のような場合にも肯定できるかどうかには慎重な検討が必要であろう。
3 間接正犯と教唆犯の錯誤(いわゆる共犯形式間の錯誤の一種)
最後に、この事例において甲にも乙にも殺人罪の罪責を肯定するならば、間接正犯と教唆の錯誤についても論じなければならない。この問題は今年の司法試験の問題においても出されているが、まだ最高裁の判例はないが、仙台高裁(判刑総355)は、重なり合いを肯定し、教唆犯の成立を認めている。
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by strafrecht_bt | 2013-07-20 17:03 | 刑法演習


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