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刑法授業補充ブログ

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2016年 09月 26日

法と環境1:環境法の歴史(1)

参考文献
北村喜宣『環境法』(第3版・2015年)
熊本学園大学水俣学研究センター編著『新版・ガイドブック 水俣を歩き、ミナマタに学ぶ』(2014年)
環境年表(1890-1945)
環境法の歴史:公害法から環境法へ
1 公害法前史:公害法の萌芽期
「公害法」=「環境汚染防止の法」
(明治時代~)戦前の環境問題と環境法
①公害の発生と公害法の不存在
②足尾鉱毒事件(1890~1914谷中村復活運動断念→調停成立1974年):被害民と対立:田中正造による救済活動
現在の栃木県日光市足尾地区では江戸時代から銅が採掘されていたが、明治維新後、1877年に古河市兵衛が経営となり、採鉱事業の近代化を進めた結果、足尾銅山は全国の産出量の1/4を占める日本最大の鉱山となった。その反面、精錬時の排煙・排水に含まれる鉱毒は、山林の大量伐採の影響もあって多発した渡良瀬川の氾濫などにより、付近の環境に多大な被害をもたらした。そこで地元出身の衆議院議員田中正造(1841ー1913)は、被害民と共に鉱害の防止・銅山の操業停止・被害民救済を求めて政府に度々請願した(被害民らの請願活動は「押出し」と呼ばれた)。これに対して政府は十分な対策を取らず、むしろ警察により「押出し」を阻止しようとし、それに抵抗した被害民らは逮捕され(現行刑法の「騒乱罪」の前身である)「兇徒聚集罪」(旧刑法137/138条)等で起訴されたが、前橋地判明治33・12・22では、治安警察法違反・(現行刑法の公務執行妨害罪の前身である)「官吏抗拒罪」(旧刑法139条)違反で、22名が有罪となったが、控訴・上告後の差戻審である宮城控判明治35・12・25では、検察側の手続的なミスが判明し、免訴となった(*川俣事件)。その間、田中正造は1901年12月10日に天皇に直訴しようとしたが失敗した。その後政府は、被害の多かった谷中村の土地を強制収用するなどして問題の収拾を図ったが、解決には至らず、最終的に調停が成立したのは谷中村復活運動断念から60年も経った1974年であった。
*旧刑法:第136条 兇徒多衆ヲ嘯聚(しょうしゅう)シテ暴動ヲ謀リ官吏ノ説諭ヲ受クルト雖モ仍ホ解散セサル者首魁及ヒ教唆者ハ三月以上三年以下ノ重禁錮ニ処ス附和随行シタル者ハ二円以上五円以下ノ罰金ニ処ス
第137条 兇徒多衆ヲ嘯聚シテ官庁ニ喧鬧(けんどう)シ官吏ニ強逼シ又ハ村市ヲ騒擾(そうじょう)シ其他暴動ヲ為シタル者首魁及ヒ教唆者ハ重懲役ニ処ス其嘯聚ニ応シ煽動シテ勢ヲ助ケタル者ハ軽懲役ニ処シ其情軽キ者ハ一等ヲ減ス附和随行シタル者ハ二円以上二十円以下ノ罰金ニ処ス
第139条①官吏其職務ヲ以テ法律規則ヲ執行シ又ハ行政司法官署ノ命令ヲ執行スルニ当リ暴行脅迫ヲ以テ其官吏ニ抗拒シタル者ハ四月以上四年以下ノ重禁錮ニ処シ五円以上五十円以下ノ罰金ヲ附加ス
②暴行脅迫ヲ以テ其官吏ノ為ス可カラサル事件ヲ行ハシメタル者亦同シ
③日立煙害事件(1906~1914年頃):②との対応の相違:協調的
環境年表(1946-1967)
2 環境法の歴史:戦後(~1960年代中頃)の環境問題と環境法
自治体の条例(東京、大阪[1950年]、神奈川[1951年]
水俣病事件(公式確認1956年)
浦安漁民騒動と水質二法(1958年)の制定
「水質保全法」
「工場排水規制法」
水質二法の問題点:
①「産業との相互協和」目的条項=調和条項
②指定水域制度
③濃度規制(ppm)

問題点:
事後対応アプローチ⇔未然防止アプローチ/予防アプローチ(原則)
調和条項
地域指定制度(ゾーニング制)
濃度規制⇔総量規制




引用記事:
1 (社説)水俣病60年 解決遠い「公害の原点」朝日新聞2016年5月1日05時00分
2水俣病患者を描いた「苦海浄土」、原発事故経て再び脚光:朝日2016年9月16日06時35分
引用動画
1 足尾銅山事件
佐野市郷土史博物館田中正造展示室
2  4大公害病
石牟礼道子『苦海浄土』刊行に寄せて
* 事後対応アプローチとは、「何らかの被害が発生し、それに関する調査がされ因果関係が十分に明確になってはじめて立法的・行政的対応をすべき」という考え方である。調和条項に親和的といえる。権限行使のタイミングは必然的に遅くなる。また、対応の契機となる被害の内容も、環境汚染が進行した状態であるがゆえに、もはや生活環境への影響とういうレベルではなく生命・健康の侵害になりがちである。環境法においては、かつてのこのような対応のあり方は、反面教師として位置づけなければならない。(北村71頁、340頁、374頁、396頁)
*調和条項:1962年制定のばい煙規制法1条は、「この法律は、工場又は事業場における事業活動に伴って発生するばい煙等の処理を適切にすること等により、大気の汚染による公衆衛生上の危害を防止するとともに、生活環境の保全と産業の健全な発展との調和を図〔る〕」と規定していた。このような規定を「調和条項」という。同旨の規定は、1950~1960年代に制定された水質保全法や公害対策基本法などにもみられた。国民の健康という保護法益は、調和の天秤に明示的には乗せられていない。(北村41頁、126頁、268頁、339頁、374頁)
*ゾーニング制:「規制の地理的適用範囲に関して、法律に特段の規定がなければ、それは全国的となる。しかし、伝統的な比例原則の観点からは、環境による浄化が十分に期待できる場合には、それほど広範囲に規制をする必要がない場合もある。そこで、適用範囲を限定して規制をかけることが行われる。これが地域指定制またはゾーニング制である。自然公園法の国立公園や都市計画法の都市計画区域は、典型的なゾーニングであるが、かつての大気汚染防止法や水質二法では、指定地域・指定水域が設定され、そこに立地する工場などが規制を受けていた。」
*濃度規制:「環境汚染の防止の基本的手法は、排出の濃度をコントロールする「濃度規制」である。しかし、この手法では、希釈をすればいくらでも汚染物質を環境中に排出することが可能になるため、とりわけ多数の汚染源が集中する地域でそれぞれがこうした行動をとれば、環境の改善にはつながらない。そこで、いわば受け皿たる環境の側からモノをみる発想にもとづき、排出される汚染物質の愚を計画的に規制することによって、環境負荷それ自体をコントロールしようというのが「総量規制」制度である。

by strafrecht_bt | 2016-09-26 15:13 | 環境刑法


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