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2017年 03月 23日

科目別事前ガイダンス:刑法演習(1)

【第1問】以下の事例に基づき甲の罪責について、具体的な事実を摘示しつつ論じなさい(特別法違反の点を除く。但し「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律」5条[過失運転致死傷]の罪は含む。)。(70分)
(問題文略ーテキスト参照)
【解答例】第1 Aに対する罪責
1 Aの顔面を手拳で軽く1回殴打した行為
【結論】甲は、以下に述べるように、暴行罪(刑法[以下略]208条)の構成要件に該当するが、正当防衛(36条1項)が成立し、違法性が阻却されるので処罰されない。
(1)暴行罪の構成要件該当性
 上記行為は、Aの身体に向けられた有形力の行使である「暴行」にあたり、暴行罪の構成要件に該当する。
(2)正当防衛の成否:特に「やむを得ずにした行為」の要件
 しかし、それはAが甲の車の窓から手を入れてきて、甲の胸ぐらを掴もうとした暴行(「急迫不正の侵害」)に対して、「自己を防衛するため」の行為であり、酔っ払った36歳の男性であるAの執拗な攻撃を避けるためには、顔面を手拳で軽く1回殴打した程度であれば、防衛手段として必要最小限であるといえるので、「やむを得ずにした」ものと評価できよう。
2 ボンネット上のAを振り落とし、加療2週間を要する傷害を負わせた行為
【結論】甲には、以下に述べるように、殺人未遂罪(199条、203条)が成立するが、過剰防衛(36条2項)となり任意的に減免されうる。
(1)殺人罪の構成要件該当性
 ア.殺人罪の実行行為性は、生命侵害の現実的危険性がある場合に認められるが、高速度で走行する車から転落すれば相当の衝撃を受け、頭部などの急所を強打すれば死亡する危険性が高いことや、仮に転落の衝撃により死亡しなくとも、車道上に転落すれば他の車に轢かれ、なお死亡する危険性があることに照らせば、肯定できる。
 イ.故意(殺意)
 甲は当然上記①の事実を認識していたと考えられるにもかかわらず、Aを振り落とすべく、時速70キロの高速度で、急ブレーキや蛇行運転を繰り返す等、Aの生命に特段配慮した走行を行っていたとはいえないことからすれば、死んでも構わないと考えていたものと言え、未必的な故意を認めることができる。
(2)正当防衛・過剰防衛の成否
 ア.Aは上記1における行為後もなお甲に対する攻撃意思を持ってボンネットに乗った他者であり、「急迫不正の侵害」はなお継続していると言え、問題文からは甲が積極的加害意思と持っているという事情はうかがわれれず、振り落とし行為はもっぱら「防衛のため」に行われたものと言える。
 イ.なお、この侵害は、甲の上記1の行為による自招侵害ではないかが問題となるが、1で述べたようにその行為は正当防衛によるものなので、全体として一連の違法行為となるわけではなく、正当防衛権はそれによって制限されない。
 ウ.しかし、この行為は、高速度で振り落とさずとも、代替手段として、低速度での運転が可能であり、車道上にBが転落することがないよう,急ブレーキや蛇行運転を控え,より安全な場所に走行して他人に助けを求めるなど,Bの生命身体等の安全にいささかでも配慮した行動が可能であったと認められることからみて、防衛手段としての最小限度性を欠き「やむを得ずにした行為」の程度を超えたものとして、「過剰防衛」となり、違法性は阻却されず、殺人未遂罪が成立するが、過剰防衛による責任減少が認められ、任意的減免が可能となる。

第2 Bに対する罪責:自己の乗車する車を発進させ、Bを転倒させ、打撲傷を与えた行為
【結論】Bに対しては、以下に述べるように、傷害罪(204条)の構成要件に該当するが、正当防衛(36条1項)が成立し、違法性が阻却されるので処罰されない。
1 傷害罪(204条)の成否
 (1)暴行罪(208条)の成否
 まず上記行為は、Bの身体に直接接触はしていないが、身体的接触が無い場合でも、傷害の危険性のある有形力の行使であり、その認識・認容は認められるので、故意の「暴行」に当たる。
 (2)傷害結果の発生
 傷害罪は、暴行罪の結果的加重犯を含むので、上記暴行行為により、Bに生じた打撲傷という「健康状態の不利益な変更」である「傷害」の結果が生じているので、甲がたとえこの結果を認識していなくとも、傷害罪が成立する。
 (3)正当防衛の成否
 しかし、BはAと共同して甲に対する急迫不正の侵害を行なおうとして甲に向かってきていると考えられるので、上記行為は自己を「防衛するため」に「やむを得ない行為」といえ、正当防衛が成立する。





【参考判例】①京都地判平成15・12・5交換物未登載
殺意の有無:「被告人車両は,Bが,ボンネット上に,その根元のワイパー取付部に手を入れてしがみついた状態で,少なくとも時速約60キロメートルで,約2分50秒の間,約2.5キロメートルの距離を走行したものである。走行していた道路は,舗装された片側二車線の国道で,深夜のため交通量が少なかったとはいえ,全く車の通行がなかったわけではない。被告人は,Bを振り落とそうとして,蛇行運転をしたり,急ブレーキをかけるなどしていたもので,同人が怪我をしないようになどと,運転方法に気を配るなどの配慮をしたことはない。
 このような走行速度,走行時間,運転態様,Bの体勢等に照らせば,同人が,当時36歳の男性で,比較的体力があると考えられることや,現場の交通量の少なさ等を考慮しても,被告人の一連の運転行為は,これにより,Bが,ボンネット上から転落して相当の衝撃を受けることはもとより,被告人車両または後続車両や対向車両により轢過されるという事態に至り得ることも容易に予想されるところであって,Bの死亡という結果を招く危険性の極めて高い行為であったと認められる。被告人自身も,当時は無我夢中であったけれども,今から考えれば,危険な行為だと思うと述べており,これらの事実を認識しながら,敢えてBを振り落とそうとして,急ブレーキをかけたり蛇行運転をするなどしながら,約2.5キロメートルも走行したものであるから,同人を死亡させることについて,少なくとも未必の故意を有していたことは優に認められる。」
相当性の判断:「被告人は,これから逃れるため,Bをボンネット上に乗せたまま本件運転行為を開始し,同人の身の安全を全く省みることなく,むしろ,振り落とすべく,高速で蛇行運転し,急ブレーキをかけるなどしていたものであるところ,このような運転態様が,Bの生命の安全に対する危険を多分に含むものであることは既に述べたとおりであって,かかる被告人の運転行為が,Bから受ける可能性のあった侵害の程度と著しく均衡を失し,度を超したものであることは明らかである。また,被告人としては,より低速で走行し,車道上にBが転落することがないよう,急ブレーキや蛇行運転を控え,より安全な場所に走行して他人に助けを求めるなど,Bの生命身体等の安全にいささかでも配慮した行動が可能であったと認められることなどにも照らせば,被告人の本件運転行為は、自己の身体の安全を守るための防衛行為としては,やむを得ない程度を越えたものであったといわざるを得ない。」
②最決平成20・5・20刑集62巻6号1786頁:自招侵害
【参考文献】松原芳博『刑法総論」(第2版・2017年)
【解説】
1.問題となる行為
A:①最初の殴打行為、②車からの振り落とし行為
B:③車で車を発進させ、転倒させて打撲傷を与えた行為
・構成要件:①暴行罪(208)・③傷害罪(204)/自動車運転過失致傷罪(自動車運転死傷行為処罰法5)*・②殺人未遂罪(199、203)/傷害罪
*自動車運転致死傷行為処罰法5条(過失運転致死傷)「自動車の運転上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、七年以下の懲役若しくは禁銅又は百万円以下の罰金に処する。ただし、その傷害が軽いときは、情状により、その刑を免除することができる。」
・違法性:正当防衛
・責任:過剰防衛
2.暴行罪関連論点
*暴行概念:接触の要否
*暴行と傷害の関係:208条→204条
「暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは」という文言の意義
・暴行による傷害(結果的加重犯も含む)
・暴行によらない傷害:例:無言電話でPTSDを発症させる行為
3.殺意
*殺人罪と傷害致死罪:殺意の認定
4.正当防衛
*正当防衛/過剰防衛の限界
第36条(正当防衛)
①急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。
②防衛の程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。
*正当防衛と過剰防衛の限界:「やむを得ずにした」の意義
「相当性」:①緩やかな均衡性(松原165頁:相当性)、②必要最小限度性(松原164頁:必要性):但し退避義務はなし→行為基準説=事前判断説(井田)/結果基準説=事後判断説(松原168頁):私見=前説が妥当
*京都地判平成15・12・5交換物未登載
*自招侵害(松原170頁):最決平成20・5・20刑集62巻6号1786頁
要件:①原因行為としての不正な暴行、②原因行為と(相手方の)不正な侵害の時間的・場所的一連・一体性、③原因と不正の侵害との均衡
→本件では、まず甲の先行行為は正当防衛として適法であり、①を欠く。また、AがBの加勢を得て追尾してくることは、当初の暴行時には予期しえない反撃といえ、②または③を満たさないであろう。
5.過剰防衛(松原173頁以下)
・責任減少説(通説)
・違法減少説(町野)
・併用説(違法・責任減少説)
 ・重畳的併用説
 ・択一的併用説(松原174頁)
 

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by strafrecht_bt | 2017-03-23 21:12 | 刑法演習


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