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2016年 11月 28日

法と環境10:環境倫理学(4)

J. Baird Callicott
ベアード・キャリコット(1941年5月19日 – )
アメリカ合衆国の環境倫理学者。テネシー州メンフィスで生まれた。1971年にシラキューズ大学から哲学博士号を取得(専攻はプラトン哲学)。現在は、ノーステキサス大学の哲学教授。1971年にウィスコンシン州立大学スティーブンズポイント校において、世界初の環境倫理学の講座を開き、1979年にこの分野の専門誌を発行した。環境倫理学という分野の創設者と位置づけられる。
環境ファシズム:人間中心主義批判
ポスト・モダンの環境倫理←ポストモダンの科学(リオタール)
環境ファシズム(Environmental Fascism)
種や生態系の保全を最優先させる、地球全体主義の偏った思想を批判する際に用いられる概念。
批判者によれば、地球全体主義は、個人の権利・生命を犠牲にする危険性があるとされる。例えば、人口増加を防ぐために、人工妊娠中絶を強制することが肯定化されるなど。
環境倫理学の議論の中で、「環境ファシズム」という言葉を最初に使ったのはトム・リーガン(アメリカ)で、すべての個(動物や人間)の固有の価値を重視する考え方を展開していた。したがって、生態系や種の保護を重視する地球全体主義を、個々の生命の犠牲を容認するファシズムであるとして批判した。
地球全体主義
地球こそが、すべての価値判断を優先して尊重されるべき「絶対的なもの」であるという思想。
地球全体主義は、地球全体のためには、個人、あるいはもっと大きな社会的構成体の欲望や自由をある程度制限することを要求する。
地球全体主義の代表的な主張として、土地倫理やガイア仮説などがある。地球全体主義は、近代的な自由主義・個人主義への抵触、環境ファシズムの危険性など様々な問題点が指摘されている。
エコ・テロリズム(ecoterrorism)
「エコ・テロリズム」とは、放火や爆弾、器物損壊といった暴力行為を伴う過激な環境保護・動物愛護(解放)運動を指す概念
浜野喬士『エコ・テロリズム―過激化する環境運動とアメリカの内なるテロ』(2009)
環境を、動物を守るための暴力とは何なのか? 過激な反捕鯨運動でも知られるグリーンピースやシー・シェパードなど、ラディカル環境・動物解放運動の歴史と思想的背景を解き明かし、その内在論理を丹念に読み解くことで、“自由”と“民主主義”の国「アメリカ」の問題を鮮やかに照らし出す!
第一章 エコ・テロリズムとは何か
第二章 ラディカル環境運動と動物解放運動
第三章 思想史的背景
第四章 アメリカにおける反エコ・テロリズム
シーシェパード

世代間倫理
Inter-Generation Ethics
現代世代が、未来世代の生存可能性に対して責任を持つべきであるとする倫理。
環境を破壊し、資源を枯渇させる行為は、現代世代が加害者になって未来世代が被害者になるという構造を持っている。従って、世代間倫理が存在しないならば、環境問題は解決されない。
加藤尚武:現在の意志決定システムである民主主義は、「現在の同意」という共時的な意志決定システムであり、異なる世代間にまたがるエゴイズムをチェックする機能を持っていないとしている。一方で、封建主義は未来に対して責任を負う「通時的な」意志決定システムであったと指摘している。
ハンス・ヨーナス :エコロジー的定言命法「汝の行いの結果が、真の人間の生命の地上における永続と調和するように行為せよ」:人類の存続義務?

Hans Jonas (1903-1993)
責任の原理
『責任という原理:科学技術文明のための倫理学の試み』(1979, 加藤尚武監訳、東信堂、2000年)
ヨナスの著作は、技術社会において生み出された社会的・倫理的問題を主題としている。彼は、人類の存続は、我々の世界である地球とその未来への配慮に対する努力に依存していると主張
ヨナスは道徳性に関する、新しく明瞭な至上原理を定式化:
「汝の行いの結果が、真の人間の生命の地上における永続と調和するように行為せよ」(„Handle so, daß die Wirkungen deiner Handlungen verträglich sind mit der Permanenz echten menschlichen Lebens auf Erden.“ – Das Prinzip Verantwortung, S. 36)

自然の生存権/自然の権利
Rights of Natur
アルド・レオポルドの土地倫理(land ethic)や、アルネ・ネスらのディープ・エコロジー(deep ecology)運動などに影響を受けた自然や生物を尊重する考え方。法学や哲学の「人間の自然権」(生まれながらの権利)と区別して、「自然の自然権」あるいは「自然の権利」ということも多い。
自然保護は人類だけのためではなく、人類の生存や要求から独立して独自に、自然あるいは生物にとっても繁栄する価値と権利を有するとする考え方で、各地の開発に伴う自然保護運動の戦術としても「自然の権利訴訟」が相次いでいる。米国のダム建設に対するシマフクロウを原告とした訴訟が有名で、日本でもアマミノクロウサギ(奄美ゴルフ場)、オオヒシクイ(茨城県圏央道)、ナキウサギ(大雪山士幌高原道路)などを原告とした例がある。
ペット、家畜や実験動物の「動物の権利」(アニマルライト animal right)とは通常区別している。

Christopher D. Stone (1937-)
Stone, Christopher D. (1972). "Should Trees Have Standing--Toward Legal Rights for Natural Objects". Southern California Law Review 45: 450–87
クリストファー・ストーン「樹木の当事者適格-自然物の法的権利について」現代思想 1990年10月号
樹木の当事者適格
「権利の主体は、富裕層のみ・男性のみ・白人のみ、といった限定を次々にはずされ、拡張されてきた。この流れは、人類以外の存在にも向けられるべきだ」とするものである。そして、訴訟上は、後見人や信託人としての人間が、「被害者」である自然物に代わって賠償請求をして環境修復の費用に充てたり、開発の差し止めを行うことを認めていけばよい
「シエラクラブ対モートン事件(Sierra Club v. Morton)」は、アメリカ合衆国で1965年に提訴された自然保護裁判。自然保護団体のシエラクラブが、ウォルト・ディズニー社によるミネラルキング渓谷の開発計画について、開発許可の無効確認を求めて、ロジャース・モートン内務長官を訴えたもの。二審判決までは、原告シエラクラブには何の法的権利侵害も生じることがないとして、訴訟要件である原告適格が欠けることを理由に却下判決が下された。
日本への影響:「アマミノクロウサギ」訴訟【百選81】
Sierra Club v. Morton
アマミノクロウサギ
自然の権利訴訟
自然保護を目的とする行政訴訟においては、開発に反対する周辺住民や環境保護団体の原告適格が認められなかったため、紛争の木質をあえて正面に出す意味で、動物(例:アマミノクロウサギ、ミヤコタナゴ)や自然物(例:高尾山、落合川)を原告とすることがある。また、原告適格認定において支障が少ない住民訴訟においても人間以外が原告とされることがある。このように、人間以外の生物や自然物を原告とする訴訟を「自然の権利訴訟」とよぶ。訴訟を提起する人間の主張を社会的にアピールする意味が強い。(北村240頁)
(1)自然の権利訴訟が語られるとき、米国の研究者の論文が参照されることが多い(Christopher D. Stone "Should Trees Have a Standmg?” 45 Southem California Law Review 450 (1972))・どのような主張だったのだろうか。邦訳としては、クリストファー・ストーン(岡嵜修十山田敏雄(訳))「樹木の当事者適格:自然物の法的権利について」現代思想18巻11~12号(1990年)がある。
(2)自然を代理して行政訴訟を提起する資格を立法的に人間に認めるとした場合、その適格性はどのように説明できるのだろうか。
(3)自然の権利訴訟の趣旨を、訴訟ではなく法政策的に制度化するとすれば、どのような行政法的制度が考えられるだろうか。

アニマルライツ(動物の権利)Animal Rights
「動物の権利」と訳され、それを擁護する思想あるいは運動を指すことが多い。本来は動物にどのような道徳的配慮をすべきかという思想的・哲学的な倫理問題。1980年代から活発に論議されるようになった。
さまざまな立場があり、トム・リーガンに代表される「感覚を持った哺乳類」を権利を持つ主体と考えるもの、一般的な人道主義に近い立場や、感覚を持つすべての動物を権利の保持者と見なし「倫理的世界を拡大するための遠大な倫理革命の一部」と捉えるピーター・シンガーの「動物解放論」などの立場がある。これらの議論を、人間の利益のために動物の権利を支持する「人間中心主義」と、人間の利益とは無関係に動物に本来備わっている価値を重視する「生命中心主義」とに分類して整理する見方もある。
「自然の権利」と同一視されることがあるが、「自然の権利」が野生生物種や自然物、生態系を対象とし、それを人間が代弁できるとするのに対して、「動物の権利」は飼育動物を中心とした個体の福祉を念頭に置き、個体の権利を主張する点で違いがある。ただし、「動物の権利」は社会的にさまざまな意味と意図で使われており、共通認識はまだできていない。

Tom Regan (1938-) トム・リーガン
菜食主義
「全体論的自然主義者」批判→「環境ファシズム」
【町野・22頁】
Peter Singer (1946-)ピーター・シンガー『動物の解放』
「苦痛を感じる能力のある動物」
「種差別主義者(speciesism)」批判【町野・22頁】

環境経済学/環境プラグマティズム
経済と環境の統合(セン)
生態系サービス(コンスタンザ):各種サービスの貨幣評価
CVM:仮想評価法
環境プラグマティズムからの評価(ブラアン・ノートン)
環境経済学:環境評価→「一元的」⇔「包括的」
多元論
【文献】寺本 剛 「環境価値の二極化とブライアン・ノートンの環境プラグマティズム」応用倫理(北海道大学大学院文学研究科応用倫理研究教育センター)2巻(2009年11月)13-23頁
寺本論文の要旨
自然環境の価値とはどのようなものか。この問題に関して二つの極端な考え方が従来の環境思 想を支配してきた。一つは自然環境の価値を「経済価値」あるいは「市場価値」としてのみ捉え ようとする考え方(経済主義)であり、これは主に厚生経済学や環境経済学において支持されて きた。もう一つは環境の価値を「内在的価値」としてのみ捉えようとする考え方(内在的価値論) であり、これは環境倫理学において一つの有力な主張として定着している。この二つの立場は自 然環境の価値を一種類の価値に還元しようとする強い傾向を持つため、互いの見方を許容できず、 環境思想の価値論は二極化の様相を呈していた。一方、環境プラグマティズムの主唱者の一人で あるブライアン・ノートンはこのような二極化を不毛なイデオロギー対立として批判し、環境思想をより実行力のあるものへと変換しようとする。そのためにノートンは、これらの価値論が共有する暗黙の前提を暴き出し、これらの価値論に代わってプラグマティックな価値論を提案する。 本稿では、ノートンの議論を手がかりに、環境思想における価値の二極化の実情と、この二極化の根底に存在する先入見とを明らかにし、さらにノートンがこの二極化をいかに克服しようとし ているかを見る。そして最後にノートンの主張が環境思想の動向と環境倫理の在り方にとっていかなる意義を持つのか確認したい。

Ernst Friedrich Schumacher
エルンスト・フリードリヒ・シューマッハー(Ernst Friedrich "Fritz" Schumacher, 1911年8月16日 - 1977年9月4日)は、ドイツ生まれのイギリスの経済学者。ジョン・メイナード・ケインズに師事した。イギリス石炭公社の経済顧問。
長年の石炭公社の勤務経験と経済学者としての分析から、石炭及び、その代替燃料としての石油の枯渇を予測し、原子力の利用についても警鐘を鳴らした。
1973年に刊行された『スモール イズ ビューティフル』は、その中でエネルギー危機を予言し、第一次石油危機として的中したことで世間の注目を浴び各国語に翻訳された。同書は The Times Literary Supplement により、第二次世界大戦後に出版された書籍の中で、世界に影響を与えた100冊に選出された。
地球の自然環境と調和した節度のあるサイズの生活
アマルティア・セン
(ベンガル語:অমর্ত্য সেন 英語:Amartya Sen、1933年11月3日 - )は、インドの経済学者。哲学、政治学、倫理学、社会学にも影響を与えている。アジア初のノーベル経済学賞受賞者。1994年アメリカ経済学会会長。
Robert Costanza(1950‐)
Professor and Chair in Public Policy at the Crawford School of Public Policy.
Prior to this, he was Distinguished University Professor of Sustainability in the Institute for Sustainable Solutions at Portland State University, Gund Professor of Ecological Economics and founding director of the Gund Institute for Ecological Economics at the University of Vermont, Professor at the University of Maryland and at Louisiana State University and a visiting scientist at the Beijer Institute for Ecological Economics in Stockholm, Sweden, and at the University of Illinois Natural History Survey.
CVM=Contingent Valuation Method
CVM(仮想評価法):アンケートを用いて環境の値段を評価する手法
例:CVMの質問例
ゴルフ場開発によって森林が伐採される予定があるとします。そこで、この開発を中止して、生態系を守るためにあなたはいくら支払っても構わないと思いますか?
年間______円
このように、CVMは、環境を守るためにいくら支払うかをたずねることで、環境の価値を評価する。この質問方式は自由回答方式と呼ばれており、回答者は自由に金額を記入する。この方式は、CVMの中でも最もシンプルなものである。今日では、より洗練された質問形式が開発されている。例えば、エクソン社バルディーズ号の原油流出事故による生態系破壊の評価では「二段階住民投票方式」と呼ばれる質問方式が使われた。 ここで得られる金額は「支払意志額」と呼ばれる。この金額は1世帯あたりの金額なので、対象となる地域の世帯数をかけることで、生態系の価値が評価される。また、支払意志額は年間あたりの金額なので、これに対象期間をかける。
生態系価値の算出方法
生態系価値=支払意志額×対象世帯数×対象期間
レクリェーションの対象者は訪問者のみに限定され、水源保全は下流住民のみに限定される。しかし、生態系の場合はすべての国民に及ぶため、生態系の価値はしばしば数億円~数百億円にのぼる。
文献:栗山浩一・柘植隆宏・庄子康『初心者のための環境評価入門』勁草書房,2013年2月
Bryan G . Norton(1944‐)
Practical philosophy is philosophy that is undertaken in the context of real-world problems. Philosophical thinking can often clarify problem contexts and bring to bear careful analysis of concepts and principles of how to act. In my research, I have addressed the problems of species loss, degradation and "illness" of ecological systems, the problems of watershed management, and most recently, the problem of placing boundaries around environmental problems so that they can be modeled for study and management. In addressing these problems, I have sought unity among my views of these multiple problems by creating a theory of sustainable development that captures the key role of human values in the search for better policies to protect nature and humans of the future.
まとめ
環境倫理学
基本思想の対立
人間中心主義⇔非人間中心主義(動物→生物→エコ→自然・中心主義)
フロンティア倫理vs.宇宙船倫理vs.救命ボート倫理
3つの柱(加藤尚武)
地球全体主義
世代間倫理
自然の生存権(自然の権利)
環境倫理にご用心!(ルーマン)
原理的問題点
「環境ファシズム」「エコ・テロリズム」の危険
環境倫理学の見取り図
時間軸・空間軸
権利主体
ウーリッヒ・ベックのリスク社会論
ウルリッヒ・ベック(Ulrich Beck、1944年5月15日 - 2015年1月1日)は、ドイツの社会学者。ポンメルンのシュトルプ(現在のポーランド領スウプスク)生まれ。
ミュンヘン大学卒業。ヴェストファーレン・ヴィルヘルム大学、オットー・フリードリヒ大学バンベルクを経て、1992年からルートヴィヒ・マクシミリアン大学ミュンヘン(ミュンヘン大学)およびロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの社会学教授を務めた。
ルーマンの環境倫理批判
『エコロジーのコミュニケーション』(1986年)
第21章「環境倫理」
道徳/倫理の区別:倫理=道徳の反省理論(259頁)
道徳のパラドックス:「一切は道徳的だが、道徳そのものは道徳的ではない」(Musil『特性のない男』より)
「パラドックスに対する瘤胃(Pansen)」(262頁):問題を「事前にソートし議論を概念的に準備する任務」(Grundmann, in: Luhmann Handbuch, S. 172)を持つ環境倫理
「いずれにせよそのような倫理が存在しない限り、エコロジーのコミュニケーションは自ら道徳に対して距離をとるように努めなければならないだろう。エコロジーのコミュニケーションは現在、環境倫理という方向指示によって誤って誘導されている。」(262頁)
小菅雅行「ニクラス・ルーマンのシステム論を用いた対話型コミュニケーション活動の考察」待兼山論叢・哲学篇46号33-48頁(2012)
ルーマンはその著書『エコロジーのコミュニケーション』において、全体社会が近代において機能的に分化した社会システム、すなわち機能システムへと分化したことが、エコロジーの諸問題の背景にあるとしている。 (ÖK7)
近代社会は様々な機能システムに分化していったのだが、このことがエコロジーの諸問題の背後にある構造であるとルーマンは 指摘している。(ÖK7)すなわち、機能システムは分化しても相互依存はしているため、エコロジーの問題によって引き起こされる擾乱は連鎖してしまう(ÖK97)一方で、その制御は各機能システムの内部で行うしかな く、(ÖK100)さらに道徳や倫理の助けを得ることもできない。(ÖK88) このような袋小路に近代社会は追い込まれてしまっているのである。
Niklas Luhmann (1927-1998)
牛の第一胃(Pansen, rumen,瘤胃)
第一胃(こぶ胃:ルーメン、ミノ)、第二胃(蜂の巣胃:レティキュラム、ハチノス)、第三胃(葉胃:オマスム、センマイ)、第四胃(しわ胃:アボマスム、ギアラ)
ルーマンの環境法批判
『エコロジーのコミュニケーション』(1986年)
第11章「法」
環境に関する法的決定に関する恣意的要素の増大(128-9頁)
①限界値/②リスク引き受けの射程/③優先事項の決定
リスク引き受けの事前同意「君がそれを望んだのだよ、ジョルジュ・ダンダン」(モリエールの戯曲:George Dandin ou le Mari confonduより)(135頁)
法システムの古典的構造の歪曲(142頁)
Molièreモリエール(1622年1月15日 - 1673年2月17日)は、17世紀フランスの俳優、劇作家。コルネイユ、ラシーヌとともに古典主義の3大作家の1人。本名ジャン=バティスト・ポクラン(Jean-Baptiste Poquelin)。悲劇には才能がなかったが、鋭い風刺を効かせた数多くの優れた喜劇を制作し、フランス古典喜劇を完成させた
ジョルジュ・ダンダン:裕福な農夫のジョルジュ・ダンダンは“社会的地位”を手に入れるために、破産した貴族ソトンヴィルの娘アンジェリックと結婚。ソトンヴィル家の借金返済と引き換えに「ジョルジュ・ドゥ・ラ・ダンディニエール」という貴族の名前を名乗る権利を得たのだが、彼女とその両親は、事あるごとに身分の違いを強要してきます。ある日、ジョルジュ・ダンダンは、妻のアンジェリックが、クリタンドル子爵との逢瀬を続けているのを知ってしまい、彼女の両親に事の次第を告げるが、確固とした証拠が見つからず、反対にジョルジュ・ダンダンが謝罪することになってしまう。
同意制
許可申請など法定手続に先立って、事業者に対して、一定範囲の関係者の同意(通常は自署・押印によって示される)を取得することを求める行政運用をいう。自治体の行政現場でみられ、要綱に根拠を置くことが通例である。環境法のなかでは、産業廃棄物処理施設の立地にあたって、廃棄物処理法の許可申請前に要綱手続を設けて、そのなかで同意取得が求められる例がよく知られている。行政指導であるかぎりで可能であり、条例にもとづいて法的に強制することはできない。(北村・470頁、508頁)
(1) 要綱により求められた同意が取得されていないことを理由に法律にもとづく許可申請を受け付けないという行政運用には、行政手続法に照らしてどのような問題があるだろうか。
(2) 法律とはリンクしない独立条例のなかで許可制を規定し、許可基準のひとつとして「施設の設置に係る土地の隣接土地所有者及び地元町内会の同意を得ていること」という規定を設けることは適法だろうか。
(3) 行政が同意を求める理由が、施設に対する地元住民の不安にあるとすれば、どのような制度を設けることが適切だろうか。
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by strafrecht_bt | 2016-11-28 16:23 | 環境刑法
2016年 11月 21日

法と環境9:環境倫理学(3)

Barry Commoner (1917 – 2012)
フロンティア倫理(カウボーイ倫理)
Cowboy Ethics/Frontier Ethics

フロンティア(辺境)を無限に拡大することによって、永続的な人類の発展が可能になるという倫理
基本思想
人間が自然の支配者
人間中心主義
科学至上主義(の神話)
批判
価値観の転換⇒現在の欲求の充足よりも「人類の存続」を目指す価値観への転換など

宇宙船倫理
Spaceship Ethics
宇宙船地球号⇒「宇宙船倫理」(B.フラーなど)
地球を閉じられた有限のものとして宇宙船に例え、人類をその乗組員とみなし、そこで人類が生き残るためには、相互関係で結びつく自然との間にバランスを取っていく必要があるとする倫理
シュレーダー=フレチェット:環境問題は、宇宙船倫理を採用せず、フロンティア倫理を追及してきた結果であり、人類は、地球の有限性・閉鎖性・関係性を前提とした宇宙船倫理を社会システムに採用する必要があり、その社会は、人口・工業化・経済膨張の制限の原理によるものでなければならない
Kenneth E. Boulding (1910-1993)
Kristin Shrader-Frechette (1944-)

環境正義【英】Environmental Justice   [同義] 環境的正義 
【解説】
環境保全と社会的正義の同時追及の必要性を示す概念。多民族国家である米国の社会的背景をもとに生まれてきた概念で、環境的人種差別主義批判(Environmental racism)として展開した環境正義運動(Environmental justice movement)に端を発す。1980年代に米国で、アフリカ系黒人が多くを占める地域において有害廃棄物処理施設が集中していることに対する抗議運動などが象徴的な動きとされる。
裕福な生活を送る人たちは、質のよい環境の中で生活することができるが、マイノリティーや貧困層など社会的弱者は、環境破壊の被害者となりやすいことを指摘したもので、プランテーション労働者の農薬被害、途上国における貧困と環境破壊の悪循環などが例としてあげられる。
アメリカでは、社会の環境正義運動の高まりを受け、1992年、アメリカ連邦環境保護庁に環境正義局を開設し、レポート「環境的公正:すべてのコミュニティに対するリスクを逓減する」が発表された。

Garrett Hardin (1915 - 2003)
救命ボート倫理
Lifeboat Ethics
60名まで物理的に乗りうる救命ボートに既に50人乗っている時、海に投げ出された人が100人いるとする。この場合、とりうる選択肢は以下のようなものが考えられる。
① ヒューマニズムの立場から全員を乗せる。
② 危険を覚悟、定員いっぱいまで乗せる。
③ これ以上ひとり乗せないで、現場から去る。
ハーディン:救命ボートに乗っている人を先進国、海に投げ出されている人を途上国の比喩とし、途上国を見捨てて安全確保を優先すべきであるとし、環境問題の解決のためには南北問題を見過ごすことはやむを得ないとした。
Garrett Hardin, Lifeboat Ethics: the Case Against Helping the Poor(1974); 高橋・前掲書24頁以下
環境倫理の思想的対立
環境主義(environmentalism) : 自然は自然そのもののために保存するのであり、人間の利益は目的ではないとする考え方
人間非中心主義(anthropo anti-centrism)⇔ 人間中心主義(anthropocentrism)
自然中心主義(naturecentrism) -生命中心主義(biocentrism) - 生態系中心主義(ecocentrism)
ソーシャル・エコロジー(social ecology):環境問題は人間の自然に対する支配の結果であり、その本質を人間社会に存在する支配の関係に由来すると考える社会思想
エコ・フェミニズム(ecofeminism)
ブラック・エコロジー⇔環境レイシズム(enviromental racisim)
ディープ・エコロジー
人類絶滅容認・肯定論
ディープ・エコロジー(Deep Ecology)
人間の利益のためではなく、生命の固有価値が存在すると考えるゆえに、環境の保護を支持する思想。1972年にアルネ・ネス(ノルウェー)によって提唱された。ネスによると、すべての生命存在は、人間と同等の価値を持つ。従って、人間が、生命の固有価値を侵害することは許されないとされる。ディープエコロジーにとって、環境保護は、それ自体が目的であり、人間の利益は結果にすぎないのである。
⇔シャロー・エコロジーShallow Ecology: 人間の利益(特に先進国の人々の健康と豊かさの向上)のために環境の保護を主張する立場を批判していう言葉。英語で「浅はかな」を意味する「シャロー(shallow)」からくる概念で、ディープエコロジー(deep ecology)に対応する概念として、アルネ・ネス(ノルウェー)によって名付けられた。
ネスは、エコロジスト運動が2つに分裂したと指摘した。ひとつはシャローエコロジーであり、もう一方をネスが主導したディープエコロジーなどの環境主義とし、人間の利益とは関係ない生命の固有価値を認め、環境のための環境保護を支持した。
Arne Næss(1912-2009)

最近のニュースから
原発再稼働問題
NHKニュース:柏崎市長選 条件付き再稼働容認の桜井氏が初当選(11月20日 22時32分)
東京電力が再稼働を目指す柏崎刈羽原子力発電所が立地する新潟県柏崎市で、任期満了に伴う市長選挙の投票が20日に行われ、条件付きで再稼働を容認する立場をとる元市議会議員の桜井雅浩氏が、再稼働に反対する新人を破って初めての当選を果たしました。
柏崎市長選挙の開票結果です。
▽桜井雅浩(無所属・新)当選、3万220票
▽竹内英子(無所属・新)、1万6459票
元柏崎市議会議員で54歳の桜井雅浩氏が、共産党と社民党が推薦する元柏崎市職員の竹内英子氏を破って、初めての当選を果たしました。
今回の柏崎市長選挙は、3期12年務めた現職の市長が引退を表明したのを受けて、東京電力が目指す柏崎刈羽原子力発電所の再稼働について、安全性の確保などの条件付きで容認し将来的には原発を減らすと主張する桜井氏と、反対する竹内氏の新人2人が争う構図となりました。
選挙戦で桜井氏は、原子力災害の予防には、東京電力だけでなく国が主体的に取り組むべきだとして必要な法改正を求めていくと訴えたほか、原発をめぐる対立を超えたまちづくりが必要だと訴えました。桜井氏は、地元経済界や多くの市議会議員の支援を受けて選挙戦を展開し、再稼働に反対する竹内氏を破って、初めての当選を果たしました。
初当選した桜井氏は、東京電力が目指す柏崎刈羽原子力発電所の再稼働について、「原子力発電所は日本において徐々に確実に減らしていく。その一方で、再稼働の価値を認めていくことは変わらない。知事選挙でも一定の民意は示され、米山知事も検証に数年かかるという認識で、再稼働論議は凍結されていると考えている。新潟県と柏崎市、それに刈羽村のそれぞれの立場や考え方に違いはあるが、共有点を見いだす作業をしていきたい。国は前面に出てきて、原子力政策について地元の意見が分かれている現実を認識してほしい」と述べました。
原発の再稼働を条件付きで容認する立場をとる桜井氏が初当選したことについて東京電力は、「市長選挙の結果については、市民が選んだ結果だと受け止めている。東京電力としては、福島第一原子力発電所の事故の反省と教訓を踏まえ、柏崎刈羽原子力発電所の安全対策に引き続きしっかりと取り組み、地域や社会に理解いただけるよう努めていく」とコメントしました。

人類絶滅容認・肯定論
佐野亘「人類絶滅を許容・肯定する議論について」人間環境論集 5号35頁以下(2006年)
人類絶滅が真剣な学問的議論の対象となることは少ないが、環境問題が深刻化している昨今、その規範的意味について検討することが必要である。本稿では、人類絶滅を許容ないし肯定する議論をいくつか紹介し、それぞれについて簡単な検討をくわえる。人類絶滅を許容・肯定する議論は、次の三つに分類することができる。一つ目は、人類以外にも価値を有する存在があるとする議論である。本稿では特に環境(自然・生態系・地球など)それ自体に、人類と同等の(あるいはそれ以上の)価値を認めるディープ・エコロジーの議論をとりあげる。二つ目は、人類にとっては、単なる存続以上に重要な価値が存在するとする議論である。本稿では、人類の体験する悲惨は人類の存続以上に重視されるべきとする議論と、人間性を失ったならば人類が存続する価値はないとする議論を紹介する。最後に三つ目は、人類の存続は価値的に中立であって、よいとも悪いともいえないとする議論である。本稿では、個人にしか価値を認めないリベラリズム的個人主義の議論と、人類も遅かれ早かれ絶滅するのだからいつ絶滅してもよいとするニヒリズムの議論をとりあげる。以上の検討を通じて、われわれは、人間性や人間存在の独自性について考究する必要があることが確認できた。
吉本陵「人類の絶滅は道徳に適うか? : デイヴィッド・ベネターの「誕生害悪論」とハンス・ヨーナスの倫理思想」現代生命哲学研究 3号50頁以下(2014年)
David Benatar(1966-)
デビット・ベネイターは生命倫理を専門とする倫理学者・哲学者。
南アフリカケープタウン大学哲学科教授。
著書 "Better Never to Have Been : The Harm of Coming Into Existence" (『生まれてこない方が良い: 存在し始めるという災難』)で展開した反出生主義(Antinatalism)の擁護で最もよく知られている。
ジョージ秋山『銭ゲバ』より
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by strafrecht_bt | 2016-11-21 16:21 | 環境刑法
2016年 11月 14日

法と環境8:環境倫理学(2)

【最近のニュースから】
*TBSニュース:2016/11/1:P.M2.5(インド)
 *日本の現状→平成26年度 大気汚染状況について(一般環境大気測定局、自動車排出ガス測定局の測定結果報告)
 *環境基準
*温暖化対策の国際的枠組み「パリ協定」きょう発効 NHKニュース:11月4日 4時51分
 *【AFP記者コラム】気候変動、コップの水は「まだ半分」か「もう半分」か2015年12月24日 11:57 発信地:パリ/フランス
  *Bjørn Lomborgの見解→*参考文献:岡本裕一朗『いま世界の哲学者が考えていること』(2016年)279頁以下
  *ファン・イペルセル(Jean-Pascal van Ypersele )教授の見解
  *ピーター・コックス(Peter Cox)の見解

アメリカにおける環境倫理学の歴史
1 歴史的展開(環境倫理学の成立以前)
(1)18世紀(1700年代):啓蒙主義:人間による自然の制服
*18世紀の啓蒙主義(Enlightenment)の時代には,人間の自然への支 配はむしろ称揚されていた。原生自然(wilderness)でさえ,人間によって秩序づけられ,征服,管理 されるべきものと考えられていたため,森林は伐採され,野生生物は大量に殺戮され,多くの種が絶滅していった。
(2)19世紀(1800年代):ロマン主義的自然回帰:超越主義・神秘主義→自然保護運動の誕生
自然保護ということが話題になり,議論の対象となったのは19世紀に なってからである。
*ロマン主義と超越主義 啓蒙主義や産業革命への反動として,自然の全体性,人間と自然との 一体性を説く思潮が,ロマン主義(romanticism, Romantik)の思潮という形で姿を現した。すでに都市化された人たちの失われつつある「自然」を回復しようとす るものであり,アメリカにおいてはRalph Emerson(1803~1882)や Henry Thoreau(1817~1862)の超越主義の思想が生まれた。 超越主義(transcendentalism)とは、有限な存在の中に神的なものの内在を認め、神秘的汎神論の要素をもった考え方のこと。
→Ralph Emersonの自然認識
「自然は魂と対をなすものであり、その部分 部分が魂に対する応答なのである。一方は印章であり、他方は押印されてできる跡である。 自然の美は彼(人間)自身の心の美である。自 然の法則は彼(人間)自身の心の法則だ。」「最も多くのことを知っている人、地下にどんな素敵なもの、役立つものがあるかを知っ ている人、海や川、植物、天界を知っている人、これら魅惑的な事物に近づく方法を知っている人は、豊かで高貴である。」
2 保全・保存論争: 「保全」 (conservation)対「保存」(preservation)
アメリカにおいて森林管理の観点から自然保護にはじめて取り組んだ人物にピンショーがいる。彼の自然保護は「森林(資源)管理」を意味し、基本的に保全であり、「最大多数の最長期間の最大幸福」という考えにもみられるように功利主義にもとづくものであった。これにたいし保存の観点から自然保護運動を推進した人物にジョン・ミューアがいる。 超越主義の影響色濃いミューアは自然に内在的価値を認める立場からヨセミテ渓谷の国立公園化に尽力し、シエラ・クラブの創設者としても知られる。
*森岡正博「自然を保護することと人間を保護すること -「保全」と「保存」の四つの領域」鬼頭秀一編『環境の豊かさをもとめて』昭和堂 1999年5月 30-53頁
アメリカのヨセミテ国立公園のヘッチーヘッチー渓谷に、ダムをつくるかどうかをめぐって、一九〇八年から一九一三年にわたって、大論争が行なわれた。自然保護の父と言われるミュアを代表とする「自然派」は、ダム建設」に反対し、その地域を手つかずのまま残すことをうったえた。これに対して、行政官の立場に立つピンョーらは、ダムを建設してその地域の自然をかしこく管理することこそが自然保護だと主張した。この論争は議会にもちこまれ、その後、政治的決着がはかられて「自然派」は敗北し、ダムが渓谷に建設された。 ミュアが「保存」の立場にたってダム建設に反対し、ピンショーは「保全」の立場にたって建設を推進する。そして、ふたりとも、自分たちの考え方こそが真の「自然保護」なのだと主張する。ほんとうに、象徴的な対立だ。  ピンショーは、森の木材を安定供給できるような形で、自然を管理してゆくことこそが自然保護だと考えている。この考え方は、その後の自然保護運動のひとつの典型的な発想として、受け継がれてゆくことになる。たとえば、一九五七年に改組された国際自然保護連合(IUCN)は、自然保護の目的を、自然の「かしこく合理的な利用」と規定している。「保全」の立場にたつわけである。 これに対して、ミュアは、自然をそのままの形で残してゆくことこそが自然保護だと考える。その背後には、自然のなかに、なにか神聖で宗教的なものを認める思想がある。そして、この考え方は、極端なケースでは、自然に人間の指一本触れさせないというところにまで行きつくであろう。ミュアは、アメリカの民間自然保護団体・シエラクラブの初代会長となり、「保存」に基礎をおく自然保護のもうひとつの流れを生み出した。保全と保存の思想的対立がもっともはっきりするのは、次の問いを突きつけられたときである。
 「自然を守る行為が、人間のためにならないときにでも、自然を守るべきか。」YESと答えるのが保存/NOとするのが保全。

・ヨセミテ国立公園(Yosemite National Park)
・グレイシャー・ポイントに立つセオドア・ルーズベルト大統領(左)とジョン・ミューア。
・Hetch Hetchy Valley

3 レオポルドの「土地倫理」
Aldo Leopold (1887 – 1948)
アルド・レオポルド(左側)A Sand County Almanac (New York: Oxford, 1949)(新島義昭訳『野生のうたが聞こえる』講談社学術文庫, 1997年)同書に収録されている「土地倫理」(原題は「Land Ethics」)という論文で、「自然は共同体であり、土地倫理は、ヒトという種の役割を土地という共同体の征服者から、平凡な一員、一構成員へと変える」と述べ、人間中心主義を批判した。

4 リン・ホワイトのキリスト教的人間中心主義批判
*Lynn Townsend White Jr. (1907-1987)

5 レイチェル・カーソンの『沈黙の春』
*レイチェル・ルイーズ・カーソン(Rachel Louise Carson、1907 - 1964)
『沈黙の春』(1962年)
農業(農薬)が自然を破壊する.
環境問題=自然破壊
アメリカ:自然保護
*当時の日本の議論との対比
石牟礼道子『苦界浄土』(1969年)
工業と経済が人間を破壊する.
公害=人間破壊
日本:反公害闘争

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by strafrecht_bt | 2016-11-14 14:08 | 環境刑法
2016年 11月 08日

無期懲役の終身刑化

無期懲役の終身刑化(朝日新聞記事)
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by strafrecht_bt | 2016-11-08 21:14 | 刑法Ⅰ(総論)
2016年 11月 07日

法と環境7:環境倫理学(1)

環境倫理学
法と環境
環境倫理と環境(刑)法
前回の復習
福島第一原発事故に関する竹下論文の検討
原子力政策への予防原則の適用
予防原則への批判:特にサンスティンの議論【今回補充】
最近のニュースから(3)
水俣病犠牲者の慰霊式(5/1)
川内原発「仮処分却下の取り消しを」(NHKニュース5/6)
エネルギーリミックス案への批判(東洋経済オンライン5/9)
アメリカを中心に発展
環境倫理学の3つの柱(加藤尚武)
① 地球全体主義
「地球の生態系は開いた宇宙ではなく閉じた世界である。この閉じた世界では、利用可能な物質とエネルギーの総量は有限である。そのなかで生存可能性の保証に優先権が有る。しかも、次の世代に選択の形だけを与えるのではなく、現実の選択可能性を保証しなくてはならない。すると、この原則を守るために、他の価値を犠牲にしなければならなくなる。配分の問題が正義にとって根本の問題となる。」
② 世代間倫理
「現在世代は、未来世代の生存可能性に対して責任がある。」
③ 自然の生存権
「人間だけでなく、生物の種、生態系、景観などにも生存権があるので、かってにそれを否定してはならない。」
参考文献
人間中心主義批判
環境ファシズム(environmental fascism)
エコテロリズム(ecoterrorism)

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by strafrecht_bt | 2016-11-07 13:38 | 環境刑法
2016年 11月 04日

温暖化対策の国際的枠組み「パリ協定」きょう発効

11月4日 4時51分
地球温暖化対策を進める国際的な枠組み「パリ協定」が日本時間4日午後発効します。発展途上国を含む、すべての国が、それぞれ目標を立てて温室効果ガスの削減に取り組む、この枠組みにどれだけ実効性を持たせることができるのか、今後、各国の姿勢が問われることになります。
パリ協定は去年、世界190以上の国と地域が参加して、フランスで開かれた国連の会議「COP21」で採択された、温室効果ガスの削減に取り組む新しい国際的な枠組みです。

協定では締約国が55か国以上になり、その国々の温室効果ガスの排出量が世界全体の55%以上に達すると30日後に発効すると定めていますが、先月5日にこの2つの条件が満たされ、国連があるニューヨークの時間4日午前0時(日本時間4日午後1時)協定が発効します。

協定は、世界全体の温室効果ガスの排出量をできるだけ早く減少に転じさせ、今世紀後半には実質的にゼロにすることを目指していて、各国が5年ごとに削減目標を提出し、対策を進めることが義務づけられています。

先進国だけに削減義務を課した以前の京都議定書とは違い、パリ協定は発展途上国を含むすべての国が参加しますが、各国がそれぞれ、みずから目標を設定して取り組むことから、地球温暖化を抑えるうえでどれだけ実効性を持たせることができるのか、今後、各国の姿勢が問われることになります。

今月7日からは北アフリカのモロッコでCOP22が開かれ、各国の削減目標をどのように検証し、確実な削減につなげるのかなど、具体的なルール作りを話し合うことになっています。

会議に合わせて、パリ協定の締約国による第1回の会合も開かれる予定ですが、日本は協定の締結が遅れたため、今回はオブザーバーとしての参加となります。

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by strafrecht_bt | 2016-11-04 08:47 | 環境刑法
2016年 11月 01日

PM2.5

予備試験H26〔第33問〕 近年,PM2.5 に代表される大気中の粒子状物質が大きな環境問題となっている。この粒子状物 質に関する記述のうちも適切なものを,次の1から5までの中から選びなさい。(解答欄は,[№ 33])
1.PM2.5 とは,大気中に浮遊する粒子径がおおむね 2.5 nm〔ナノメーター〕( 1 nmは 10の-9 乗m)よりも小さな粒子状物質のことである。
2.大気中の粒子状物質の一部は,大気中で気体から化学反応により生成する。
3.バイオマスを燃焼させても,粒子状物質は発生しない。
4.大気中の粒子状物質の大部分は,人間活動により発生する。
5.大気中の粒子状物質の濃度は,気象条件とは関係がない。

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by strafrecht_bt | 2016-11-01 07:00 | 環境刑法
2016年 11月 01日

残余のリスク

保安院が原子力事業者らに実施指示 改訂耐震指針に対応した原子炉施設の耐震安全性評価・「残余のリスク」評価  
 原子力安全委員会が平成18年9月19日に、発電用原子炉施設の耐震安全性に関する安全審査指針類を改訂したことを受け、原子力安全・保安院は翌20日、稼働中・建設中の発電用原子炉施設、核燃料再処理施設、特定廃棄物管理施設(注1)、新型転換炉ふげん発電所の耐震安全性を、この改訂耐震指針にもとづき評価し、その結果を同院に報告するよう原子力事業者らに指示した。
稼働中・建設中の発電用原子炉施設の耐震安全性を改定耐震指針にもとづき評価し、その結果を保安院が確認していくことは、18年5月に「改定耐震指針」原案が公表された際に、保安院がまとめた対応方針の中でも示されていた。
 今回の評価結果について、保安院は報告書が提出されたものから順次内容を確認し、その結果を総合資源エネルギー調査会原子力安全・保安部会耐震・構造設計小委員会、原子力安全委員会に報告するとしている。
 なお、保安院は耐震安全性の評価とは別に、将来、原子力安全規制に確率論的安全評価(注2)が導入されることを視野に入れ、その検討資料とするために、「残余のリスク」に関する評価も実施し同院に報告するよう、原子力事業者らにあわせて指示している。
 「残余のリスク」とは、想定を上回る地震動により、施設に重大な損傷が発生し、放射線災害を引き起こすリスクのこと。

(注1)3.7テラベクレル以上の核燃料物質・核燃料物質によって汚染された物を管理する廃棄物管理施設。
(注2)発生する可能性のあるさまざまな事象に対して、その発生の確率を考慮して安全性を評価すること。【原子力安全・保安院】
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by strafrecht_bt | 2016-11-01 06:25 | 環境刑法