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2016年 05月 14日

フランクファートの反例に対する反論

アメリカの哲学者ハーリー・フランクファートは論文「選択可能性と道徳的責任」で有名なジョーンズの事例を挙げている。ジョーンズがあることをみずからの理由のために行おうとしていたが、ある者が同じ行為を脅迫によって行わせようした。ジョーンズはこの行為を行った。
ジョーンズ1:脅迫の影響を受けるような人間でなく、やると決めたらどんな犠牲を払っても行う。脅迫とは無関係に行った。
ジョーンズ2:脅迫されると震えあがってしまう。そこで脅迫されてその行為を行ったが、その行為はた内容は自分のやろうとしていた行為だったが、脅迫されたことにうろたえて、そのことを忘れてもっぱら脅迫におびえてその行為をした。
ジョーンズ3:脅迫の影響を受ける人間であったが、もともと行為しようとおもっていたので行為した。
ジョーンズ4:ブラックはジョーンズ4が決意するまで待って、決意がブラックが望んでいた内容と一致していたらそのままにし、そうでなければ何らかの手段(脅迫・投薬・催眠術・脳への直接的作用など)によってブラックの意図した行為を行わせた。
Harry G. Frankfurt, Alternate Possibilities and Moral Responsibility. The Journal of Philosophy, Vol. 66, No. 23. (Dec. 4, 1969), pp. 829-839
Harry Frankfurt, 1971 "Freedom of the Will and the Concept of a Person." in Journal of Philosophy 68 (1): 5-20 (Deutsch: "Willensfreiheit und der Begriff der Person." in: ders., 2001: "Freiheit und Selbstbestimmung." Berlin: Akademie Verlag, S 65-83
戸田山和久『哲学入門』330-4頁の事例(マルティン・ルターの例)
浅田和茂は、「催眠術師AはXを殺したいと思い、Bに、BがXを殺さないような兆候を示した場合には催眠術は働かないようにした」という事例について「BがXを殺さない兆候を示したとすれば、その点に(事実的)他行為可能性は認められる。この場合、それを阻止する催眠術は医師の自由を奪うものであって、Bの責任は否定される」とする。
これに対して瀧川裕英はそのような兆候を示すこと(例えば特定の仕方で赤面・痙攣する)は行為ではなく、「Xを殺さない兆候」を示すことは他行為可能性とはいえないと反論し、さらにそれが自由だとしても、ジョン・フィッシャーが批判するようにそのような「かすかな自由」(John Martin Fischer, The Metaphysics of Free Will: Essay on Control, 1994, p. 184) があるとなぜ責任があるといえるのかは不明であり、むしろ責任があるといえるためにはもっと実質的な自由が必要ではないかと批判する(瀧川41頁)。言い換えれば、このようなかすかな自由これは戸田山のいう「持つに値する自由」(336頁)とはいえないのではないだろうか。
フィッシャーに関しては以下の文献も参照。壁谷彰慶「【書評】 責任帰属とコントロール――Fischer & Ravizza, Responsibility and Control Cambridge University Press, 1998」 千葉大学人文社会科学研究 13号(2006年)188頁以下 ( Fischer & Ravizza は、著書『責任とコントロール』lにおいて、「フランクフ ァート・ケース」と呼ばれる一連の設定を具体的に吟味しながら、行為の責任についての 包括的な理論構築を目指している。本書の基本方針は、「別様にすることができた」という 様相概念に訴える「統制コントロール」ではなく、現実に 行為者が当の出来事に対して適切な因果関係をもちえたかどうかという「誘導コントロール」に注目するというものであ る。それは、当の行為を導いた人物の内的構造と、人物から当の出来事に至る外的経路が もつ特徴づけによって説明される。このアプローチの一つの利点は、別様になすことができたがゆえに帰責がなされる場合だけでなく、別様になすことができなかったにもかかわらず帰責がなされる場合をも、一貫した説明図式で対応できる点にある。本稿では、本書の基本主張と帰結責任についての議論を確認し、最後に問題点を指摘する。)

by strafrecht_bt | 2016-05-14 19:52 | 意志自由論


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