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2016年 11月 21日

法と環境9:環境倫理学(3)

Barry Commoner (1917 – 2012)
フロンティア倫理(カウボーイ倫理)
Cowboy Ethics/Frontier Ethics

フロンティア(辺境)を無限に拡大することによって、永続的な人類の発展が可能になるという倫理
基本思想
人間が自然の支配者
人間中心主義
科学至上主義(の神話)
批判
価値観の転換⇒現在の欲求の充足よりも「人類の存続」を目指す価値観への転換など

宇宙船倫理
Spaceship Ethics
宇宙船地球号⇒「宇宙船倫理」(B.フラーなど)
地球を閉じられた有限のものとして宇宙船に例え、人類をその乗組員とみなし、そこで人類が生き残るためには、相互関係で結びつく自然との間にバランスを取っていく必要があるとする倫理
シュレーダー=フレチェット:環境問題は、宇宙船倫理を採用せず、フロンティア倫理を追及してきた結果であり、人類は、地球の有限性・閉鎖性・関係性を前提とした宇宙船倫理を社会システムに採用する必要があり、その社会は、人口・工業化・経済膨張の制限の原理によるものでなければならない
Kenneth E. Boulding (1910-1993)
Kristin Shrader-Frechette (1944-)

環境正義【英】Environmental Justice   [同義] 環境的正義 
【解説】
環境保全と社会的正義の同時追及の必要性を示す概念。多民族国家である米国の社会的背景をもとに生まれてきた概念で、環境的人種差別主義批判(Environmental racism)として展開した環境正義運動(Environmental justice movement)に端を発す。1980年代に米国で、アフリカ系黒人が多くを占める地域において有害廃棄物処理施設が集中していることに対する抗議運動などが象徴的な動きとされる。
裕福な生活を送る人たちは、質のよい環境の中で生活することができるが、マイノリティーや貧困層など社会的弱者は、環境破壊の被害者となりやすいことを指摘したもので、プランテーション労働者の農薬被害、途上国における貧困と環境破壊の悪循環などが例としてあげられる。
アメリカでは、社会の環境正義運動の高まりを受け、1992年、アメリカ連邦環境保護庁に環境正義局を開設し、レポート「環境的公正:すべてのコミュニティに対するリスクを逓減する」が発表された。

Garrett Hardin (1915 - 2003)
救命ボート倫理
Lifeboat Ethics
60名まで物理的に乗りうる救命ボートに既に50人乗っている時、海に投げ出された人が100人いるとする。この場合、とりうる選択肢は以下のようなものが考えられる。
① ヒューマニズムの立場から全員を乗せる。
② 危険を覚悟、定員いっぱいまで乗せる。
③ これ以上ひとり乗せないで、現場から去る。
ハーディン:救命ボートに乗っている人を先進国、海に投げ出されている人を途上国の比喩とし、途上国を見捨てて安全確保を優先すべきであるとし、環境問題の解決のためには南北問題を見過ごすことはやむを得ないとした。
Garrett Hardin, Lifeboat Ethics: the Case Against Helping the Poor(1974); 高橋・前掲書24頁以下
環境倫理の思想的対立
環境主義(environmentalism) : 自然は自然そのもののために保存するのであり、人間の利益は目的ではないとする考え方
人間非中心主義(anthropo anti-centrism)⇔ 人間中心主義(anthropocentrism)
自然中心主義(naturecentrism) -生命中心主義(biocentrism) - 生態系中心主義(ecocentrism)
ソーシャル・エコロジー(social ecology):環境問題は人間の自然に対する支配の結果であり、その本質を人間社会に存在する支配の関係に由来すると考える社会思想
エコ・フェミニズム(ecofeminism)
ブラック・エコロジー⇔環境レイシズム(enviromental racisim)
ディープ・エコロジー
人類絶滅容認・肯定論
ディープ・エコロジー(Deep Ecology)
人間の利益のためではなく、生命の固有価値が存在すると考えるゆえに、環境の保護を支持する思想。1972年にアルネ・ネス(ノルウェー)によって提唱された。ネスによると、すべての生命存在は、人間と同等の価値を持つ。従って、人間が、生命の固有価値を侵害することは許されないとされる。ディープエコロジーにとって、環境保護は、それ自体が目的であり、人間の利益は結果にすぎないのである。
⇔シャロー・エコロジーShallow Ecology: 人間の利益(特に先進国の人々の健康と豊かさの向上)のために環境の保護を主張する立場を批判していう言葉。英語で「浅はかな」を意味する「シャロー(shallow)」からくる概念で、ディープエコロジー(deep ecology)に対応する概念として、アルネ・ネス(ノルウェー)によって名付けられた。
ネスは、エコロジスト運動が2つに分裂したと指摘した。ひとつはシャローエコロジーであり、もう一方をネスが主導したディープエコロジーなどの環境主義とし、人間の利益とは関係ない生命の固有価値を認め、環境のための環境保護を支持した。
Arne Næss(1912-2009)

最近のニュースから
原発再稼働問題
NHKニュース:柏崎市長選 条件付き再稼働容認の桜井氏が初当選(11月20日 22時32分)
東京電力が再稼働を目指す柏崎刈羽原子力発電所が立地する新潟県柏崎市で、任期満了に伴う市長選挙の投票が20日に行われ、条件付きで再稼働を容認する立場をとる元市議会議員の桜井雅浩氏が、再稼働に反対する新人を破って初めての当選を果たしました。
柏崎市長選挙の開票結果です。
▽桜井雅浩(無所属・新)当選、3万220票
▽竹内英子(無所属・新)、1万6459票
元柏崎市議会議員で54歳の桜井雅浩氏が、共産党と社民党が推薦する元柏崎市職員の竹内英子氏を破って、初めての当選を果たしました。
今回の柏崎市長選挙は、3期12年務めた現職の市長が引退を表明したのを受けて、東京電力が目指す柏崎刈羽原子力発電所の再稼働について、安全性の確保などの条件付きで容認し将来的には原発を減らすと主張する桜井氏と、反対する竹内氏の新人2人が争う構図となりました。
選挙戦で桜井氏は、原子力災害の予防には、東京電力だけでなく国が主体的に取り組むべきだとして必要な法改正を求めていくと訴えたほか、原発をめぐる対立を超えたまちづくりが必要だと訴えました。桜井氏は、地元経済界や多くの市議会議員の支援を受けて選挙戦を展開し、再稼働に反対する竹内氏を破って、初めての当選を果たしました。
初当選した桜井氏は、東京電力が目指す柏崎刈羽原子力発電所の再稼働について、「原子力発電所は日本において徐々に確実に減らしていく。その一方で、再稼働の価値を認めていくことは変わらない。知事選挙でも一定の民意は示され、米山知事も検証に数年かかるという認識で、再稼働論議は凍結されていると考えている。新潟県と柏崎市、それに刈羽村のそれぞれの立場や考え方に違いはあるが、共有点を見いだす作業をしていきたい。国は前面に出てきて、原子力政策について地元の意見が分かれている現実を認識してほしい」と述べました。
原発の再稼働を条件付きで容認する立場をとる桜井氏が初当選したことについて東京電力は、「市長選挙の結果については、市民が選んだ結果だと受け止めている。東京電力としては、福島第一原子力発電所の事故の反省と教訓を踏まえ、柏崎刈羽原子力発電所の安全対策に引き続きしっかりと取り組み、地域や社会に理解いただけるよう努めていく」とコメントしました。

人類絶滅容認・肯定論
佐野亘「人類絶滅を許容・肯定する議論について」人間環境論集 5号35頁以下(2006年)
人類絶滅が真剣な学問的議論の対象となることは少ないが、環境問題が深刻化している昨今、その規範的意味について検討することが必要である。本稿では、人類絶滅を許容ないし肯定する議論をいくつか紹介し、それぞれについて簡単な検討をくわえる。人類絶滅を許容・肯定する議論は、次の三つに分類することができる。一つ目は、人類以外にも価値を有する存在があるとする議論である。本稿では特に環境(自然・生態系・地球など)それ自体に、人類と同等の(あるいはそれ以上の)価値を認めるディープ・エコロジーの議論をとりあげる。二つ目は、人類にとっては、単なる存続以上に重要な価値が存在するとする議論である。本稿では、人類の体験する悲惨は人類の存続以上に重視されるべきとする議論と、人間性を失ったならば人類が存続する価値はないとする議論を紹介する。最後に三つ目は、人類の存続は価値的に中立であって、よいとも悪いともいえないとする議論である。本稿では、個人にしか価値を認めないリベラリズム的個人主義の議論と、人類も遅かれ早かれ絶滅するのだからいつ絶滅してもよいとするニヒリズムの議論をとりあげる。以上の検討を通じて、われわれは、人間性や人間存在の独自性について考究する必要があることが確認できた。
吉本陵「人類の絶滅は道徳に適うか? : デイヴィッド・ベネターの「誕生害悪論」とハンス・ヨーナスの倫理思想」現代生命哲学研究 3号50頁以下(2014年)
David Benatar(1966-)
デビット・ベネイターは生命倫理を専門とする倫理学者・哲学者。
南アフリカケープタウン大学哲学科教授。
著書 "Better Never to Have Been : The Harm of Coming Into Existence" (『生まれてこない方が良い: 存在し始めるという災難』)で展開した反出生主義(Antinatalism)の擁護で最もよく知られている。
ジョージ秋山『銭ゲバ』より

by strafrecht_bt | 2016-11-21 16:21 | 環境刑法


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